大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 昭和32年(わ)72号 判決 1958年3月12日

被告人 武光こと 山下武美

主文

被告人を死刑に処する。

領置してあるカーキー色綿ギャバ中古作業ズボン(証第三号)淡茶色綿製中古ジャケツ(証第四号)紺色裏表兼用中古ジャンバー(証第六号)カーキー色ギャバ中古作業ズボン(膝の破損したもの)(証第八号)は崎山泰弘の相続人に還付する。

訴訟費用は被告人に負担させない。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、山下武彦の長男として本籍地に生れ、十二才のとき母を失い、家が貧困であつたため、高千穂国民学校六年を卒業し、その後昭和二十二年頃から同二十八年頃までは本籍地の牧園町や近隣の霧島村で他人の家に住み込んで下男奉公やトラックの助手をし、昭和二十九年頃から宮崎県方面に木馬曳(材木搬出夫)として出稼に行つていたが、生来吃る癖があり、衝動性性格で短気でまた自分の収入は自分一人の生活に計画もなく濫費する習癖があつたものである。そして昭和三十二年の正月を実姉シズエの夫松元末高方で過すつもりで、賃金等一万三千円余を持つて昭和三十一年十二月三十日稼業先の宮崎県東臼杵郡諸塚村を発ち、途中諸所を経て昭和三十二年一月二日夕刻鹿児島県姶良郡霧島村田口宮北の右松元方に着き一泊したのであるが、所持金は途中で身の廻り品の買入れや遊興費等に浪費してしまつていたので、同年一月四日に再び右諸塚村に戻ろうとしたときは、霧島村から諸塚村までの汽車賃バス賃計五百二十円余にようやく足りる程度の五百円か六百円しか所持していなかつた。

そこで同日曲田照明、富田武男を訪ねた後、牧園町丸尾から国鉄霧島神宮駅へ向うバスの中で、右諸塚村までの旅行に必要な右乗物代以外の弁当代や当座の小遣に充てるための金を欲しくなり、姉シズエの夫松元末高から借金しようと考え、霧島神宮前バス停留所で下車し、同人方に行くつもりで、同日午後七時頃、同所から湯之野温泉に通じる山道を登つて行つたが、そのみちすがら、姉は実姉で言い易いが、兄貴は他人で言い難い、又貸してくれと申し出ても、お前は金取りに行つていながらこんなことを言う、と言われそうだがその時弁明しようもない、金借りに行つてあれこれ言われるより宮崎に行かずここで仕事をしようか、とも考えたが、そうなれば兄貴や父がよく言わぬかも知れぬ、やつぱり宮崎に行つた方がよいがそれには金が不足だと種々思案したあげく、いつそこうなつたら他人のものを盗んで旅費の足しにしようと決意するに至つた。ところが丁度、同村田口宮北霧島国有林五十九林班内、崎山カヅミ(当四十六才)方の手前にさしかかつていたので、同人方で金品を盗ろうと決心し、ボストンバックを道路脇に置き懐中電燈だけを持つて崎山方裏の道路を上つて行き、同家の壁の明り窓から屋内の様子を窺い、燈火を消して寝静まつているのを見定めたうえ、同人方はカヅミのその三男泰弘(十八才)五男八海(当十四才)六男六男(当八才)の四人家族であるが三人の息子とは前日湯之野温泉の岩風呂で一緒になつているし、また同人方に煙草を貰いに訪れているので、被告人の顏も、松元末高の親族であることも知られているから、もし発見されたら同人等を殺害してしまおうと決意し、同家から湯之野温泉に約百五十米向つた道路上に横たえて滑り止めにしてあつた椎木丸太棒(血痕の付着した椎木丸太棒証第一号)を取り外し、これを持つて引き返えし、片手に懐中電燈、片手に右丸太棒をたずさえて同日午後十時頃金品を窃取又は強取する目的で崎山カヅミの住居に同家の戸口から室内にしのびこみ、故なく人の住居に侵入し、家族四名が就寝中の同家八畳の間の南東隅に置いてあつたタンスの中を物色中、所携の椎木丸太棒(証第一号)がタンスに当つて音を立てたところ、入口の土間に近い所に就寝していた泰弘が目をさまし誰何したので、ここに同人等を殺害した上強取しようと決意し、やにわに泰弘の枕元に至るや所携の椎木丸太棒(証第一号)をもつて同人の頭部めがけて強烈に殴打し、うめくところを更に数回殴打し、いまだ就寝中の八海、六男、カヅミに対し、その順にいずれも殺害する目的で、八海に対してはその場から、六男、カヅミに対しては六男の枕元から、いずれも右椎木丸太棒(証第一号)で頭部または顏面めがけて各数回づつ強烈に殴打し、よつてその頃同所において右四名をいずれも頭蓋骨および頭蓋底骨骨折にもとづく脳挫創または脳挫滅創により死亡するに至らしめた上、囲炉裏の上にあつたランプ(証十九号)を点火して金品を物色し、囲炉裏のそばの壁の柱にかけてあつた手提の中からカヅミ所有の現金七百五十円ぐらいおよび同室にあつた泰弘所有の中古ジャンバー一枚外衣類三点を強取したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一、弁護人は、被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨主張するが、被告人の検察官および司法警察員に対する供述調書によれば、被告人は、犯行の状況を明瞭に辻褄を立てて整然と述べていて、その供述は、任意になされ、かつ前掲各証拠に符合して真実に合するものと認められるし、鑑定人向井彬の鑑定書によれば、被告人は本件犯行当時精神に何等の異常もなかつたと認められるので、右主張は採用しない。

なお、鑑定人佐藤幹正の鑑定書の記載および証人佐藤幹正の当公廷での証言によれば「被告人は癲癇性精神病質者であつて本件犯行の第一の殺害行為である泰弘を殴打したときの情況は、記憶していて鑑定人にもはつきり述べているので、意識は明瞭であつたと思われるが、その後の八海、六男、カヅミに対する殺害行為については、裁判所および鑑定人に記憶がない旨述べているので、これはこの種精神病質者にみられる短絡反応を起したものであつて、意識混濁中の行為である。」旨述べているので、被告人が八海、六男、カヅミを殺害した当時は心神喪失または耗弱の状態にあつたかのように解されるが、同時に同証人は「もし被告人が当時の状況につき、真実は記憶があるのに、ないもののように裁判所および鑑定人に述べたものであるならば、当時被告人は意識があつたのだから、短絡反応を起していたと言うことはできない。」旨供述しているのであるところ、被告人は司法警察員及び検察官の取調べの際は八海、六男、カヅミを殺害した模様およびその当時の状況につき詳細に供述しているし、かつその供述は前示のとおり真実に合していると認められるので、裁判所および鑑定人に対しては記憶はしているのにただその模様を詳細に述べることを避けたものと認めるを相当とするから、佐藤幹正の鑑定書の記載および証人佐藤幹正の当公廷での供述は何等当裁判所の、被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態になかつたとの認定に反するものではない。

二、次に弁護人は、死刑については執行方法が法律で定められていないから死刑の裁判の宣告をすることは憲法第三十一条に違反する旨主張するのでこの点につき判断する。

死刑の執行方法については刑法第十一条、刑事訴訟法第四百七十五条ないし第四百七十九条、監獄法第七十一条、第七十二条等の規定があるのみで、執行の器具、形式等を具体的に法律で定めていないのは所論のとおりである。死刑のような重大な刑についてはなるべく細目に至るまで法律で定めるのが適当ではあるが、如何に詳細に規定を設けても必ずや命令、慣習または条理にゆだねる部分の出来るのは免がれがたいものであり、かつ器具等についても時日と共に種々の改良が加えられるのは当然である。したがつて結局はどの程度まで法律によつて定めるかの問題に帰するが、その程度は歴史的に存在したもので重大な点で異る各種の方法と区別特定のできることで充分であると考える。しかして前記各法条によれば右のような区別特定をするに充分であると考えられる。

従つて死刑の宣告をすることは憲法第三十一条に違反するものではない。

(法令の適用)(略)

(量刑の情状について)

被告人は早くから母を失いかつ貧困であつたので、学校教育も満足に受けることができず、他家に下男奉公をし、あるいは山間の僻地で木馬曳をしたりしていたので、道義心養成の環境としては必ずしも良くはなかつたこと、境遇も不幸であつたこと等同情の余地があり、また非行歴がなく、被告人の当法廷における態度及び自供によれば、現在は悔悟しているかに認め得られるのであるが、右環境および教養の然らしめるところか思慮浅く性格は衝動的で短気であつて、計画性に乏しいようである。

本件犯行の動機は、前判示のように旅費のわずかな不足分を調達したかつたためで、どうにもならない程金銭に窮し果てていたものではなく、どうしても必要なら少し工夫して親類知人等に懇願すれば、あるいは簡単に金策し得たかもしれないのに、何等その労を取ることなく、直ちに本件犯行に及んでしまつたもので、その動機は極めて単純である。

次に犯行の態様をみると、一家四人が山間の我家で睦まじく就寝しているところに、判示の丸太棒を携えて侵入し、その一人に気付かれるや、熟睡中のの母や年令八才及び十二才の幼少者に至るまで、悉く頭蓋骨を打ち砕いて一家全員を鏖殺したもので、 の状誠に惨酷であり、子供等の無心の寝顔は殺害された後までもそのままのこつていて、見る者をして顔をそむけさせるものがある。加うるに、この子供達は前日被告人と共に岩風呂に入り、帰路も同道して別れに際しては、被告人に来訪方をすすめる等、純情な好意を示していたものであるのに、わずかの金銭欲しさの利欲のために、易々と殺害して憚らない被告人の所為は、誠に人の心をして寒からしめるものがある。

また人里離れた山中の生活は、他人を信頼せねばやつてゆけないものであり、本件の発生は山村に住む者をして極度の不安と恐怖のどん底におとし入れたものである。

右の犯行動機、態様、影響その他の情状等を考えると前示被告人の年令の若さ、性質、環境、前科のないこと、犯行後現在の心境態度その他の被告人に有利な事情を考慮しても所詮所定刑中死刑を選択するを相当とする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 池田惟一 小出吉次 宮下勇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例